2012年3月11日日曜日

アトピー石けん part2 …を始めます☆

久々にアトピー石けんの更新です💛


あれから程なく時は流れ…

それでもなおアトピーの人は減るどころか増える一方。。。

アトピー石けんのpart2を

更新してみようと思います。

江口麻緒(*´ω`)  2016.4.10


この“アトピー石けん”をご覧になって…共感頂いた方は宜しければ此方へ
               ↓
      http://tennisakuhana.blogspot.jp/  

2012年1月24日火曜日

12女性性タップリの再生医療

ips細胞と千島学説
2,00711月京都大学の山中伸弥教授が、人工多能性幹細胞(ips細胞)を開発したと云うニュースが世界中を駆け巡りました。千島学説を少しでもかじっていると、この、ips細胞のことが気になります。細胞は、核のある細胞が分化し、細胞分裂して、増殖し、また、血液は骨髄から作られるという事が基本だと、科学で学んできました。ところが、千島学説の、血液は腸から作られ、核の無き血球が分化するなんて話は、医学ではありえないと云われてきたことが、私の様な素人でも、“どんな細胞にでもなれるips細胞が出来たこと自体、やっぱり千島博士が云ってた通りじゃない?”と創造できてしまうからです。「すべての組織細胞は可逆的分化能力を持つ」と云った千島博士の学説通りであるという証明です。現代の医学は、苦し紛れの定説を作っている気がしてなりません。“骨髄でips細胞になれる細胞を見つけるのは大変なので、小腸にある、ニッチと云う部分からその細胞を見つけ出すことに成功した。”と云う感じなのですが、“苦し紛れで御免なさい。もう一度最初から考え直してみます。間違っていました。”と云った方が、楽なのではないでしょうか?数々のしがらみのある社会ですから、いたし方ないのかもしれませんが、素人の私でも苦しいなー。の一言です。ips細胞は、まだまだ、癌化してしまうという事ですが、“細胞にストレスが有ることと、愛が足りないからよねー。愛のフリーエネルギーを与えるときっと、癌化しないのかしら。だったら、お産やってる傍でips細胞を触媒させたら、きっと死なないかも。”と素人の私は、一人で想像しながら、近い将来、本当に再生医療が成功する気がして、ワクワクしてしまうのです。山中教授にぜひ、ご意見伺いたいと思っています。山中教授がインタビューに答えてらした言葉が忘れられません。“数が少ない患者さんでも、ips細胞が有れば、その人に会った薬が開発できる。誰が研究を成功させたかではなく、皆がこのことに関心を持って研究することは素晴らしい。”と、私は、陰ながら成功をお祈りしています。アトピー肌に最適の細胞が出来る日も来るでしょうね!



あなたの手の中にある再生医療

再生医療は、私たちの身近に迫る勢いです。東京女子医大の岡野教授は、細胞シートを現段階で使用できるまでにしています。ゆくゆくは、細胞シートをたくさん重ねて、臓器もできると。すごい。岡野教授は、臓器までしか作れないし、研究している自分達の倫理を絶えず考えているとテレビの番組で話されていました。角膜シートの医療使用がヨーロッパで認められつつあるようです。しかし、もうすでに日本でも、皮膚科医の女医さん達の間では、当たり前のように、自分の一番新しい細胞を凍結し、培養させ、皮膚に注射し、いつまでも若い肌でいられるという、美容外科?があるようです。年間の維持費用はかかるそうですが、そんな時代にすでになっています。自分の皮膚なんですよね。もう、神様の領域を侵しっぱなしだなんて、嘆かないでください。神様の領域は、あくまでも魂という、愛のフリーエネルギーです。これだけは、何とも、形で作れるものではありません。そして、いくらでもタダで、神様は、その領域を分けてくださいますよね。作る気さえあれば、いつでも、今でも、作れるんですよね。

愛のフリーエネルギーを手のひらの中に込めて、梅エキス入りの、腐らない、しみない、ふわふわの泡で、肌を洗うと、新品の再生医療仕立ての皮膚の出来上がりです。何故って?細胞は、何処でも新たに作ることが出来るんですもの。愛のフリーエネルギーがあれば…。



アトピーのあなたに特級の処方箋

 女は愛の塊(かたまり)である。ここがポイントです。女性性と云うものを絶えず意識した世界が、未来を作ります。間違いなく。また、その日本人の女性達が心を込めて家族に仕立てた、梅の加工品。その特級の梅エキスが、よりまろやかに発酵され、保存料もなしで、酸化しないせっけんになったのです。アトピーのあなたに特級の処方箋をお贈りします。





処方箋

アトピーのあなたへ、

2,0112月吉日。梅の花が咲き始める頃に。

有効期限:青梅の実がなる頃~永遠に



腐らない、しみない、ふわふわのせっけんを処方します。



女性性タップリ再生医療院!?

院長!? 江口 麻緒




2012年1月23日月曜日

11アトピー肌を梅エキス入りのせっけんで洗う

「皮膚常在菌」の大切
 お肌表面には皮膚常在菌という善玉菌がいて、菌たちが元気かどうかがお肌の状態を左右します。洗顔料の多くには合成の界面活性剤や保存料が含まれていて、その作用により常在菌が死んでしまい、天然のクリームである皮脂を作り出せなくなってしまいます。
 いつでも一定の常在菌が生きていけるように皮膚の状態を保つことが、とても大切です。

「洗う」の大切


汚れた大気に肌をさらすことは、どうしても避けようがありません。有害な刺激物質は、お肌にも心身にもストレスとなり、様々な不調をきたしています。お肌のトラブルで代表的なものが、荒れ肌と乾燥肌。どちらに対しても炎症を抑えるため、また、乾燥肌への水分を補給するため、クリーム、軟膏、美容液などを「塗る」(=足す)解決策をとっている人がほとんどで、
「洗う」(=引く)ということを大切にしていない



    お肌は臓器の一部で、外的刺激から体を守る等の役割があります。もともと、特別にケアしなくても十分その役割を果たすのですが、唯一自分でできないこと、それが化学性の油汚れを落とすことなのです。水溶性の汚れは、お風呂に入るだけでも取れます。普通の皮脂の汚れくらいだったら、無理に垢すりをしなくても細胞の入れ替わりで充分です。ところが化学的な油は、皮脂から身体中を巡り、身体中へ影響を及ぼし、また皮膚へ戻り、真皮に滞ります。そして皮膚を荒らし続けるのです。それがアトピーです。古くなった細胞と共に皮膚を荒らしながら剥がれ落ちて行くため、見るも無残です。真皮に滞った、毒素と共に身体の水毒が吹き出てきて、酸化していますから、皮膚が腐敗して匂いもして、新しい皮膚が再生されないという悪循環になるのです。アトピーの人は、お風呂の水が汚れます。洋服に皮脂が付きます。私は、それを見て、私の身体が洗ってほしいと云っていると、直感しましたし、痛みなく洗え、後も乾燥せずに皮膚が再生されるせっけんを探し続けたのです。

  脂は水では落ちません。脂は脂でしか落ちないのです。アトピーを取ってくれる脂、そんなせっけんは、どこにもなく、アトピーという汚れを落とすのに最適な、お肌に刺激がなく優しい植物油を原料にしたせっけんを自ら作るしかなかったのです。

ただ洗えば良いと云う訳ではありません

 洗う時に大切になるのがせっけんです。前述の通り、何でもいいからせっけんで洗えば良いと云う訳ではありません。


 一般の脂肪酸のみが勝っている普通のせっけん(例え、昔ながらの植物油や、動物油でも)は、界面張力を使って、汚れを浮かせるだけで、保護成分は入っていませんから、洗う時の刺激で、痛みが生じるので、シッカリと洗えずに、時に汚れが残ったままで、細菌で皮膚が悪化したり、我慢して洗いすぎると今度は大切な常在菌を奪いすぎ、皮膚がカサカサして炎症が何時までも治らなかったり等で、時折、せっけんで洗うのはやめましょう。なんてことを云う人たちが出てくるのです。

 また、ポンプ式のクリーム洗浄剤(せっけん成分と書いていない場合は、殆どの場合、合成の石油入りですよ)で洗う事は、クリーム保護成分で、pHのみ皮膚pHと合わせて、弱酸性で、あたかも優しいと思わせます。なんせ、弱酸性ですから、実際には汚れが落ちるはずもなく、酸性の汚れを取るアルカリ成分を使いませんから、擦っているにすぎないのです。そうして、石油成分と共に汚れは水毒となり塗りこめられ、皮膚をいかにも保護しているかのように見せかけ、合成の香りで綺麗になった気分にさせ、嘘で塗り固められた製品で消費者を騙しているのです。

梅エキス入りのせっけんの誕生

 では、どんなせっけんで洗えば良いのでしょうか?この疑問に、私は何度となく、この20年近く繰り返し繰り返し、挑んできました。そうして思いついたのが、夢に出て来たおばあちゃんの、梅エキス入りの腐らないせっけんだったのです。梅エキスとその他の植物成分の融合で、このせっけんを作り上げることが出来たのです。梅やその他の植物成分が、良い状態で発酵し熟成され、お肌表面の皮膚常在菌の善玉菌を元気にさせるために、皮膚や、真皮層に滞る化学的な石油系成分を分解して、皮膚表面を再生してくれるのが、梅エキス入りのせっけんだったのです。



 アトピー肌を梅エキス入りのせっけんで洗うと云う事は、アトピーと云う状況にピッタリの成分と、愛情タップリの洗う行為を、傷みなく、不快なく、お母さんがお子さんに、若しくはアトピーを持つ自分が、自分自身に行う事は、最大の愛を表現するマッサージ効果であり、排毒になり、お手当になりました。

2012年1月22日日曜日

第五章 自然界の再生医療 10おばあちゃんの知恵袋、自然食品ナンバーワン、何百年も腐らない梅の実

「梅エキス」って?
冒頭でお話しした、夢に出てくるおばあちゃんがぐつぐつ煮て造る「梅エキス」。これは、生物界の営みである“発酵”を生かした技術です。梅はバラ科の果樹で、原産地は中国江南地方ですが、日本にも大分、宮崎、山梨などに元々自生しており野生の原種が確認されています。東洋で最古の歴史ある果樹として、中国最古の薬物書「新農本草経」、日本の「本草学」にもとりあげられています。
 18世紀初頭の日本の百科事典にあたる書物によると、豊後産の梅は大きくて、果肉が厚く味も良く、それを貼れば悪性のおできも治るといった記述も確認されています。古くから外用にも使われていた梅干し。梅そのものの強い殺菌・抗菌作用で体の外側からも力を発揮します。気になる外気のよごれやほこり、細菌等からお肌を守ります。また自分の体から発する臭いや、吹き出物、水虫にもお勧めです。

梅エキスは、青梅の成分を濃縮したものです。青梅の絞り汁を長時間煮つめて作ったエキスです。効能の範囲が広く、対象を選ばないので家庭の常備薬として古来より重宝されてきました。おばあちゃんが作ってくれた記憶のある方も多いのではないでしょうか?
 梅エキスのPHは1.4で、他の食中毒を起こす菌より強いO157の菌が耐えうる限度のPH2.5を超えています。(数値が低いほど酸性が強い)それほど強力な殺菌作用を持ちながら穏やかに働くという特長があり、敏感な肌には最適です。そして、梅エキスは、各種有機酸によるクエン酸サイクルによって代謝を高め、血液循環を促し、生命活力を増します。さらに、梅エキスに含まれるムメフラールは、血流を整え老廃物が排出されることによって、シミや肌荒れの原因となる乾燥等のトラブルを防ぎます。
 このムメフラールという成分は、クエン酸と糖の一部が熱で結合してできたもので、梅の実にはなく、梅エキスにしか存在しません。梅エキスにはその他未知の成分が多く含まれていて、それらの相乗効果で多くの効能があると考えられています。それらの数値化できない成分の効果には、三千年以上の間に数えきれないほどの臨床結果により言い伝えられる体験統計があり、それが一番の信頼となっています。

おばあちゃんの知恵袋、日本の自然食品ではナンバーワンの梅エキス。塗り薬にも、お腹が痛いときにも、これ一本で万能薬になります。特に、昭和の初めに、国が貧しい国民の為に奨励したと云います。梅エキスは、日本特有の万能薬であり、大切にこれからも使って行きたいものです。



腐らない梅の実、その効果

大分県の大山町は、梅を植えてハワイに行こうという、地域活性の取り組みを行いました。農業が潤う方法として、加工品を作り、“一村一品”を提唱し始めたのもここ大山町の梅が最初です。

この大山町の生産者の直売場の展示室に何百年も前に作られた梅干しが保存されています。厳密には腐らないと云うよりも、発酵状態を保っているといった感じで、生きたり、死んだりの繰り返しが、その一つの梅の実で繰り返されている感じです。お醤油、お酒、ワインや、味噌に至るまで、発酵食品は本来、熟成発酵する為、常温で、保存でき、保存料がいらないものです。味や風味が、発酵によって変わってしまったり、旨み成分等余分なものを添加している場合は、保存料を使用したり、冷蔵庫保存が必要でしょう。しかし、自然のまま発酵されているより自然な人間の手を加えていないものは熟成されます。発酵が熟成されるという事を一言で云うと、より穏やかな状態になるという事です。作りたての様な尖った感じは無くなり優しくなります。腐敗菌が減って常在菌が増えるため、効果として、前述にあるように、殺菌、抗菌、抗真菌作用が働きます。また、抗酸化力が強いので、炎症を起こしてしまったアトピー肌には最適です。鎮静作用や、鎮痛作用もあるので、せっけんの中に梅エキスを混ぜると、泡立てても刺激が少なく、皮膚の傷が沁みる感じがしないのです。これは良い効果が得られます。しっかりと洗っても沁みないと云う事は、しっかりと皮膚を整えることが出来るという事です。





2012年1月21日土曜日

9無尽蔵に湧き出す女性エネルギー

吉村医院の「お産の家」と「古家」

愛知県岡崎、吉村医院の院長吉村正先生と、院長補佐の島袋伸子さんが、福岡県糸島で開いて下さったお話会は感動でした。吉村先生のことは、もう10年近く前から存知あげていたのですが、今回のお話会を聞き、どうしても岡崎の「お産の家」と、「古家」を、直接見て触れたくなったのです。福岡でのお話会からわずか4日後のことでした。たまたま以前から予定が入っていた東京行きの仕事合間を使い、途中岡崎に寄ろうと、急な連絡にも係らず、快く引き受けて下さり訪問することになりました。吉村医院の「お産の家」と「古家」は、江戸時代がタイムスリップしてきた様な空間で、もう、感動なんて言葉では現されないほどの異空間でした。いのちが産み出される瞬間の空間。昔ながらの自然のリズムに合わせ、母子のリズムを邪魔せず、殆ど医療的介入をしないお産は、ただひたすら、医師は見届け、助産師は待つだけだそうです。この、摩訶不思議な神様がやっているとしか思えないような、お産。この「お産の家」と「古家」の空気を頂くと、涙以外に表現出来ない私がそこにいました。

“さあ、わかったなら伝えなさい。”と神様に押されている私は、何も抵抗できず、帰りの車の中で、只々、涙していました。この空間を繰り広げ、この場を残してくだり、この空間に触れさせて頂けたことに、吉村先生と、サポートなさっている島袋さん始めスタッフ皆さんに心から感謝です。近いうちに両親学級にぜひ参加したいと思っています。私自身は残念ながら医療介入されたお産しか経験がないのですが、疑似体験が出来たようです。だって涙が半端では無く吹き出てきましたから。



戦艦大和の使命

 戦艦大和が最後に沖縄へ向かった目的を伺い、心を新たにしました。それは、表向きには出ない任務でしたが、物資の無い戦時中に、日本中から集めた、生理バンドと、化粧クリームを山積みにし、運ぶ途中、男たちは沖縄の海に散ったそうです。沖縄のいのちを絶やさないために、そのいのちを育んでくれる女たちの為に、いのちを懸けた男たち。いのちの尊さを分かっていた日本人。運んだものが、経皮毒で語られる生理用品と化粧クリームであると聞き、神様のメッセージだと確信しました。この原稿を書いていてもなお、涙がとまりません。おそらく、当時の生理用品や化粧クリームは、今のように経皮毒になるようなものは使われていなかったでしょう。子宮を大切にしていた時代の象徴的な話です。いのちの神秘と畏敬を知っていた時代です。



カタカムナとお産

アマウツシ、女性性として、愛と生命エネルギーの合体されたふわふわの器そのもの。つまり永遠に存在し続ける、見えない世界の根源。カムウツシ、男性性として、動き続ける水分子の様なヒビキそのもの。つまり、現世で振動してやがては止まり消滅する、見える世界の根源。その2つが出会う瞬間と産み出ずる瞬間。

芳賀さんという大先輩で、何世紀も前からの知り合いのようにふるまってくださる方がいます。彼はもともと唯物論者だったそうなのですが、ある時、土地などのエネルギーが噴出している場所が急にわかるようになり、“一体これはなんなんだ”と悩んだそうなのです。疑問を抱える中で、関川次郎氏と云う人に出会い、“潜象道”カタカムナにその根源を見い出します。現象界と潜象界の対向発生の物理、それをカタカムナと呼びます。分かり易く言い換えると、見えない世界のエネルギーを見える世界におろし形作ること。現象として、潜象界とは、見えない世界から象られる瞬間のエネルギーがフリーエネルギーとして湧き出す世界と云う事です。“それって、お産なのではないかしら。”と私も子供を産んでから、直感的にそう思っては来たものの、実感として、「お産の家」に行き確信しました。

カタカムナは、物理であり、恐らく、これからのゼロポイントフィールド理論(最先端の物理)の礎になるでしょう。また、いのちの根源をあらわしたカタであるはずです。物質社会だけの世界から、精神社会をも受け入れる世界へと移行しなければならないこれからの科学でもあるでしょう。医学も、サイエンスもみな根源が、潜象的な見えない領域を無視できないところへ来ていることは、どなたも承知しているはずです。エビテンス(実証)を唱える人達は、しがらみと云うそれもまた見えない思い込みに縛られていることはお分かりのはずなのです。



母子の繋がりを切り離されアトピーに

 こんな神様ごとであるお産という大切ないのちのリズムを受けている瞬間に医療の介入をし、時間を待てない人達が、アトピーを作って行くことになるのだなと云う事は明らかでした。産道は、お産時にふわふわになるのだそうです。そこを通って赤ちゃんは産まれてくるのですから、愛とぬくもりに包まれ産まれている最中をバッサリと会陰切開されるのですから、赤ちゃんは産まれる瞬間に怖い思いをしてびっくりするのです。世の中に出ることは愛されることではなく、怖い事だと感じて産まれてくるのです。非常に悲しく残念です。

“産まれるという生命の営みは、永遠のエネルギーが現実化する瞬間であり、無尽蔵に湧き出すフリーエネルギーであることの証明なのです。”

愛は無尽蔵に湧き出すフリーエネルギー。”これが全ての答えなのです。

“愛という最大の薬”どんなものをも受け入れる世界で一番必要な薬です。アトピーに効くのは当然です。赤ちゃんには、ふわふわの産道の様な母の心身ともに抱きしめる愛が一番の処方箋なのです。そうです心身共に抱きしめるのです。

この本来、無尽蔵に湧き出すはずのフリーエネルギーが、エネルギーの滞り(ドーシャの滞り)によって身体や心に多大なる影響を起こすという考え方は、アーユルヴェーダの項でもお話しましたが、現実のアーマ(未消化物)や、マラ(排泄物や、老廃物)と共に、ヴィクリティで、ラジャスやタマス気性(精神的な心の淀みである心の毒素)ともいうべき状態も、アトピーには非常に問題がある訳です。



“女性文明待望論”消えたもう一つの千島学説

 腸で血液が作られるという学説を唱えた元九州大学医学博士で故千島喜久雄氏をご存じでしょうか。彼は、生物学者の立場から、もう一つの千島学説、“女性文明待望論”と云う未完の書を残しています。「母の墓前に捧ぐ」と記されたその書を、千島博士の遺言通り、未完のまま奥様の恵子さんが1,979年に出版されましたが、残念ながら現在は、書店には出回っていません。千島学説研究会で、故忰山紀一代表から、“麻緒、女性文明待望論の講義やってみないか?”と云って下さるまで、全く知らず、このような書を生物学的立場から、残して下さっていたことに感激しました。書の始まりは、男性文明から女性文明へ。一貫して女性性の本質である“愛”をテーマに、生物学的立場から、また歴史的に見て各方面から考察されています。千島学説を産み出した故千島喜久雄博士も、愛という見えない領域に研究が及んだのではないかと思われる内容で、未完であることが残念ですが、千島博士の云わんとすることが推測できるような気がするのは私だけでしょうか?

 現在、千島学説研究会では、故、忰山紀一代表の意志を受け継ぎ、食養家の仁志天映氏、農業家の赤峰勝人氏、医学博士の小松健治先生等々、各界のリーダー達が細やかな活動を進めています。




2012年1月20日金曜日

第四章 排出は、エネルギーを生む 8排出の医学・アーユルヴェーダ

南の島スリランカ

2,010年春、私は、南の島スリランカにアーユルヴェーダを学びに行きました。インドでなくスリランカです。特別スリランカでなくてはいけないとか、アーユルヴェーダでなくちゃダメと云う思いはなく、天が用意してくれたかのように導かれるままに其処に至りました。

一年中、春と夏しかないスリランカ。特にキャンディなどの高地に行くと、暑さもあまり感じず、仏教徒のシーハラ族の人達に囲まれていると、心の豊かさを感じ、日本を忘れここにずっと住んでいたいという気になります。ところが、この土地は、そういった心地よさだけではない、30年の内戦と、スマトラ島沖地震の津波。毎年のように起こる水害。植民地時代からの貧困という山積みの問題に遭います。私のアーユルヴェーダの師、ペレラ博士は云います。“麻緒、バランスだよ。何事もバランスなんだ。バランスを取るためにスリランカには苦があるのだよ”と。四季が有り、自然のバランスが絶妙に良い日本人に“我々、スリランカを助けてほしいんだ。ジャパニーズアーユルヴェーダを目指すんだ麻緒”と。

私は、他国に行って初めて、日本という場所の豊かさを再認識し、自然におけるエネルギーバランスの良さを実感するのです。

スリランカの地を訪れる事がきっかけになり、“アトピーは、身体と心のエネルギーバランスが、天災地のように不安定になっている”と云う事に気づきます。これは、単なるアトピーという病気と云う捉え方だけでなく、社会現象であると云うことにも…。現在の日本には、国民の70%が仏教徒であるスリランカのような、心の穏やかさ、豊かさを何処かに置き忘れていますから、今は自然界のバランスが取れていても、心のバランスが取れない。生活スタイルが邪魔をしています。そこが一番、エネルギーの不循環を起こしていると云うことに、気が付かなければ、心の平安や安住に、大きな得策は無いといっても過言ではありません。



アーユルヴェーダの本質

アーユルヴェーダとは、サンスクリット語で、Ayurアーユルは、続けて動く、生命。Vedaヴェーダは、知る、真の知識。と云う意味で、生命を守る聖なる知識を表します。古代の有名な四大聖典、“リグ・ヴェーダ”“ヤジャル・ヴェーダ”“サーマ・ヴェーダ”“アタルヴァ・ヴェーダ”があります。また、アーユルヴェーダの三大医学書として、「チャラカ・サンヒター」は、内科学と医学原理。「スシュルタ・サンヒター」は、外科学。「アシュターンガ・フリダヤ・サンヒター」は、両者の心髄で、フリダヤとは心臓のことが書かれています。

アーユルヴェーダには、

1健康な人の健康を保護すること。

2病気に陥った人の病気を取り除くこと。

と云う2つの目的があります。また、たんなる医学ではなく、人間を宇宙の中に位置づけ、宇宙と人間の関係に独特の思想(大宇宙と小宇宙)を持ち、自然の森羅万象の変化を観察しながら、その関係の法則性を明らかにしています。身体面だけでなく、精神的、霊魂的側面を考慮したホリスティックな学問です。

スリンランカのアーユルヴェーダ医学は、仏教国の為か、5,000年と云う古代アーユルヴェーダ思想の為か、魂のことがいつも一番です。スリランカのアーユルヴェーダ医学は病気治しの方法論よりも、魂を如何に磨くかを説きます。またそれがアーユルヴェーダの本質なのでしょう。



エネルギーの滞り(ドーシャの滞り)

アーユルヴェーダでは、人の身体や心を動かすエネルギーのことを「ドーシャ」と呼びます。ドーシャは、3つあり、

   ヴァータ(ワータ)=風を表し、知る、動く、取得するを意味します。

   ピッタ=火を表し、燃やす、暖める、支配するを意味します。

   カパ(セマ)を表し、結合する、接合する、抱擁するを意味します。

エネルギーの滞り(ドーシャの滞り)には、この3つの要素があり、珍しい事ですが、3つ兼ね備えたバランスの持ち主もいて、その状態をトリドーシャと云います。トリとは、3つ。ドーシャとは、腐敗させるもの、悪化させるものと云う意味ですが、トリドーシャは、本来バランスが非常に取れている状態なので、崩すとエネルギーが全開になり大変な事になります。

ドーシャは、舌や目を見たり、問診や脈診によって判断されます。ドーシャのバランスは、日々変化しますが、個人のもって産まれた性質としてのドーシャは一生変わりません。

また、この産まれ持った性質としてのドーシャをプラクリティ(人間の体質=本来の自分)と云い、プラクリティが乱れてバランスを失うことをヴィクリティ(本来の自分を失った状態)と云います。

またアーユルヴェーダは、精神的な気性をグナと云う3つに分けています。

その3つのグナの基本的性質は、

   サットヴァ=本質、理解、純粋、清浄、同情、愛情で、健全な肉体で行動や意識は純粋です。

   ラジャス=行動、攻撃性、外向性で、ビジネスや繁栄、名声、地位に関心があり富を楽しみ政略的です。

   タマス=無知、怠慢、鈍重さで、利己的で容易に他人を傷つけます。

アトピーな人は、ヴィクリティで、ラジャス傾向な人と云えます。また、基本的にドーシャの状態が、ヴァータ気質ですが、時期や状態によって、身体の中のIgE抗体が働くと、プラクリティが不安定になり、時折トリドーシャの様な脈を打ち、心身のバランスを崩した状態になります。



パンチャカルマという解毒法

アトピーの表面の皮膚がカサカサして乾燥するのは、不毛の地帯に瀕死の状況で皮膚が再生されるために沢山の水が必要になっている状況ですが、真皮層に至る内部は、代謝が悪く排毒されにくいため、水毒がたまりやすくなっています。

アーユルヴェーダでは、代謝における触媒の働きの事をアグニと呼び、このアグニが、健康と病気を分ける鍵を持っていると云われています。アグニが上手く働かないために、水毒がたまりやすいアトピーは、質の悪い水分の取りすぎに注意させますが、あくまでも水毒になる様な水という事です。本来、生きた自然な岩清水等、一定の圧力がかかった水は、分子が一分子になり、分子同士がくっ付かないので、水分子が揺れ続ける為、腐りにくく、水毒にはなりにくいのです。

方法としてアーユルヴェーダでは、朝一番に、食事をせずに、体液に近い温度の白湯を1~2ℓ近く取り、ヨガ等で代謝を高め汗をかき、排毒させます。排毒できる身体に戻ればアトピーは治ります。アトピーどころか、健康体ですから、どんな病気にもなりません。

基本的にアーユルヴェーダでは、ドーシャの状態に合わせて、5つのパンチャカルマと云う解毒法が施されます。パンチャカルマを行うと、

1自分に自信が持てる

2頭脳が明晰になる

3リラックスする

4薬物への依存が無くなる

5生活習慣が改善される

と云われています。方法は、

  1経鼻法 けいびほう

  2催吐法 さいとほう

  3瀉下法 しゃげつほう

  4浣腸法 かんちょうほう

  5瀉血法 しゃけつほう

で、このパンチャカルマを行う前処置として、オイルを使う油材法とスチームを使う発汗法を行います。

排毒される毒素も、未消化物をアーマと云い、排泄物や老廃物をマラと云って分けています。



世界最古の生活の智慧

 南インドから伝わったスリランカのアーユルヴェーダは、地域社会の中で、生活の智慧として、アーユルヴェーダ医師である“ヘラウェダカマ”という伝承医療が、親子代々、伝承され、地域の良き理解者になっていったのです。その数はなんと数千人にわたると云い、各々の家に伝わる秘薬オイル等があります。その伝承される秘薬の調合や治療法は、“オーラリーフ”と云うココナッツの薄い皮に書かれています。“オーラリーフ”に書かれた文字は、彫り込まれた文字にインクが染みていて、消えることがありません。書かれた書物は、3,000年以上たっても原型のままです。スリランカの国立研究所に運ばれているその書物の数だけでも圧巻です。そんな古書を目の前でこの手で触ったのですから、神様の魂が乗り移ってくださったのでしょうか。スリランカ滞在中は、心地よくいつも見守られていた感じで学ぶことが出来ました。

 何れにしても、アーユルヴェーダ医学は、世界最古であり、ユナニ医学、チベット医学、中医学、東洋医学、西洋医学等全ての医学の原点であることは間違いありません。


2012年1月19日木曜日

7愛するって?

「愛されてない」は、勘違い

心のアンバランスは、大体と云ってよいほど、悩みに対して起こり、自分対他人との関わりに起こることが、多いものですが、自分が他人に気に入られていると思う時には起こりません。また、他人でなく、自分自身の悩みであっても、第3者的に自分を気に入らない時に起こります。自分が気に入っていて起こることはまずありえないでしょう。つまり悩みの原因のほぼ殆どが、気に入られていない自分を認識すること。つまり、気に入らないことを愛されていないと勝手に思い込んでいるのです。そうして、愛されていないと勘違いした自分を認識する時に、心はアンバランスになって行くのです。心のアンバランスが、血流を止めるという事は、愛せないと血流が止まるという事でしょう。

簡単です。何が何でも愛することを徹底的に行うことが、血流が安定してめぐり、血流が止まらず、皮膚が安定して、アトピーが起こらないという事になりますね。

“愛することが処方箋”自分を愛し、他を愛することが最大の処方箋なのです。

でも、「愛せないもん」という人に一つ助言です。愛することは、こちらからの一方的な思いで充分です。相手に気に入られなくても、心の中で、とにかく愛しちゃうのです。

愛することは、愛されることでは無いと覚えておいてください。心の中でならストーカーにはなりません。それならできますよね。相手は関係ないのですから…!



赤ちゃんは愛される存在

唯、赤ちゃんは、愛されることが当然と思えるようになるまで、一方的に周りが愛してあげましょう。目いっぱい愛する大人がいて、大人になっても愛されたいと思わなくなるほど当たり前に愛されて成長し、当然愛されるべく可愛い状態でこの世に存在しています。赤ちゃんを見ると無条件に微笑んでしまう様に神様が作ったのでしょう。

アトピーの赤ちゃんは、より以上に手をかけ愛してあげましょう。いっぱい触ってあげましょう。触れない時がより重要です。いつも意識を向けてあげてください。

ひとりで愛に欠けそうなお母さんは、ぜひ、赤ちゃんをシェアハウスで育て、沢山の人達に意識を向けられるような環境を作ってあげてください。愛される。とは、幼き日に、身体も意識も触れられることが、多かった人は、愛されていることが当たり前になって、愛されたいなんて思うことがありません。だからこそ、自らが愛することが上手くなるものなのです。

残念ながら、幼き日に愛されることが当たり前じゃなかった人にもう一言。

自然がいっぱいな中に行くことをお勧めします。また、自然がいっぱいなお野菜を頂くことをお勧めいたします。無条件に神様が私たちを愛していることに気が付かされます。自然は、無条件に私たちに数々のものをプレゼントしてくれています。そしてそのことに愛を感じるはずです。無条件の愛。私は、植物たちに、ことのほか無条件の愛を感じます。だから野菜や果物が大好きです。

私が毎日頂く、お野菜をちょっと紹介します。福岡県の糸島、松尾さんが作る“ほのぼの農園”の野菜は、小さな草花の間に共演する野菜です。自然というキャンバスに描かれた実物の絵で、その野菜を食べると、いつも涙が出てきます。野菜たちの魂に出会えるからでしょう。大分の赤峰さんの農場のにんじんには、豊かな土の味の中に、大地というお父さんの包容力と強さを感じます。熊本のシュタイナー農法の“ぽっこわぱさん”の野菜には、自然 界と共演する人間の叡智を感じます。そして、ひっくるめてしまい申し訳ないのですが、大分久住やその周辺の道の駅の野菜も、足りなくなるといつも頂く、近所の普通のお野菜たちも、無農薬でなくても賢明に生き、一生懸命に我々を愛してくれています。何も云わずに私たちに命を捧げてくれています。そして、太陽、水、空気。自然のものは計り知れない愛を私達に贈ってくれます。

ほら、息が止まっていますよ。呼吸して、さあ、おもいっきり吐き出してみましょう。吐き出せば、山のように勝手に空気は入ってきます。こんな自然の無い都会でも、空気はいつも意識すれば傍にいてくれていますね。愛されているでしょう。



ちっぽけな欲張りより、大きな欲張り

 愛されていないと勘違いすると、人はついつい寂しさを補う為に欲張りになります。寂しさを埋めるために何でも自分の傍に置くことを望むのです。アトピーは、愛されていないと勘違いしていますから、やはり欲張りの傾向があります。

あえて、ちっぽけな欲張りと云います。ちっぽけな欲張りとは、たった今、意識している自分のことだけの為に欲張ることを云います。その時だけの心地よさの為に考えてしまう、自分だけ。が、ちっぽけな欲張りです。ちっぽけな欲張りの人は、考え方に、分けようという気がありません。ですから、古くなったものをいつまでも取っておくのです。本当に必要なのではなく、置いておくことに安心感を覚えるのです。それは、寂しさや、愛されていないというところから始まるのです。モノに対する執着もそうですが、ヒトに対する執着も相当なものです。また、呼吸も浅く、古い息が身体中に溜まっています。もちろん新しい空気が沢山入らないので、身体は酸化します。排便も悪く、おしっこの回数も量も少なかったりします。つまり毒が身体中に滞っているのです。

ちっぽけな欲張りの溜め込み上手の方に朗報です。大きな欲張りになれば、ちっぽけな自分の身体の中に溜め込まなくて済みます。地球全体が、私の身体だとでも思えば良いのです。捨てるわけでも、あげるわけでもありません。全てが自分ですから、ちっぽけな私から放出されても、無くなることはありません。横に置いておくような感じです。私の一部がイロイロやっているなと、一気に引いて地球の上からモノを見るように、まるで神様にでもなったように上から見ちゃえばいいのです。

簡単でしょ?そう、全部私です。だから、全部出しちゃいましょう。

(撮影麻緒…京都美山町写メで、葉脈がきれい。。)




2012年1月18日水曜日

第三章 愛することが処方箋 6アトピーに大敵な心の淀み

生命のもとソマチッドへのストレス

身体の淀みは、心の淀みになっていきます。また、心の淀みがあると、生死に係る身体の根幹DNAの前駆体であるとされるソマチッドを淀ませてしまいます。(資料5ソマチッド)

ソマチッドという身体の中の存在は、まだまだ分からない部分が沢山あるようですが、私は、澄み渡った青い空の下で、空を見渡す時に、眼球に浮かぶソマチッドらしき像を良く見ます。眼球にくっついている生物なのか、眼球の奥底の何処かの影を見ているのか?良くわかりませんが、どなたでも見ることはできると思います。鼻先を両目で見つめる感じで、目を上にずらしてみてください。背景が一色の場所が見やすいかもしれません。明らかに、血中に浮かぶソマチッドと非常に良く似ています。眼球の水分に丸い粒粒が沢山ある中に、時々長いミミズの様なものが浮かんで見えます。意外と目の前にあるものをシッカリと見てみると興味深いものです。

1,950年前後、類れなる能力を持つガストン・ネサン氏は20代前半に世界で初めて、ソマチッドをリアルに見るための、“ソマトスコープ”と云う倍率の非常に高い光学顕微鏡を開発し、ソマチッドを発見します。80歳を超す現在でもカナダ郊外で、彼は生物学者として、電子顕微鏡では到底観察出来ないほどリアルなままのソマチッドの変化を観察し続けています。その結果、ソマチッドに何らかのストレスを与えてしまうと瞬時にソマチッドの変化が始まり、やがては健康でない状態のソマチッドへと移行していくことを発見します。この事実をガストン・ネサン氏は長年観察してきたにも係らず、人々のもとへ、この情報を正確に届けることが許されなかったのです。出来ないどころか、インチキであると汚名を着せられ、フランスやカナダでの迫害を受け、終身刑の判決を危うくさせられる処だったという理由はただ一つ、心が淀んでしまった人達の抵抗です。心の淀みは、身体の淀みどころか、精神の淀みへと深まっている様子を浮き彫りにしています。どう考えても、永く続かない今だけの目の前の幻想の幸せの為に、自分の孫子の時代を荒らして、偶像の中に勝利を見てしまう、幻想の勝者。事実に蓋をして、時が過ぎるまで見なかったことにでもするように。

ガストン・ネサン氏は、自分が治した癌患者達に救われますが、現在に至っても、知る人ぞ知る情報でしかありません。彼の治療報告は、癌やエイズが主なようですが、ぜひ、アトピーの患者達のソマチッドも観察してほしいところです。身体生命の危機としての癌と、精神生命の危機としてのアトピーをぜひこの目で見比べてみたいものです。

詳しくはガストン・ネサン氏の事について書かれた“ソマチッドと714Xの真実”故稲田芳弘氏作をお勧めします。



心の淀みによる皮膚への影響

いずれにしても、私自身のアトピーは、心の淀みが一番の大敵でした。心と感覚は全くもって同じものであるかのように、イライラしているときは、かゆみが増します。落ち込んだ時には、皮膚がどんよりしてきます。それは、血流に影響されているという事が、実感として判りました。

初夏、木の芽時が終わったころから血流が廻り始めて、身体の中から毒が“ドクドク”と外へと出ていく合図で、痒みが益々酷くなります。その痒みの為に引っ掻き傷で傷めてしまった皮膚は、ブドウ球菌等で覆われてしまい、夏の汗とともに腫れ上がって真っ赤になって行くのです。

冬に痒みが出るのは、夏に赤く壊れた皮膚が、新たに再生されるためにおこり、排毒された後、乾燥して汚れと共に皮脂が入れ替わっている証拠で、ケガをしてかさぶたが取れ、痒みがおこるのと同じです。

血流の廻り方には、感情のバランスが非常に関与します。昔から、カーッとすることを、“頭に血がのぼる”と云ってみたり、青ざめることを、“血の気が引く”等と云いますよね。“頭に血がのぼる”ことと“血の気が引く”ことを瞬時にやってしまうのが、アトピー体質の私で、身体はその感情の変化について行かず、血流の変化も劇場型で、とても忙しく、皮膚体温の変化が激しすぎるあまりに、絶えず身体が冷えてしまうという状態なのです。汗を一気にかくと冷たくなるでしょう。

また、感情の変化が劇場型で、激しいことと共に、もう一つ徹底的に絶えず身体が冷えてしまう原因があります。それは、思考が止まり、同じところをぐるぐると悩む時に起こるのですが、呼吸が止まるのです。真剣に考え込むばっかりに、呼吸が止まると同時に、血流が止まります。血流が止まると云う事は、身体がだんだん冷えてきます。身体が死へ近づく感じです。血流が止まると酸化が始まります。つまり、血流が止まると皮膚が腐って行くのです。

心の淀みによる、皮膚への影響を簡単に説明しましたが、“こころは、コロコロ変わるからココロと云う。”と昔から云われる通り、こころは感情。つまり、こころは血流の変化。と云っても過言では無いように思います。こころの安定は、血流の安定。まさしく、三大病の心筋梗塞や、脳卒中も血流の不安定から始まる病気ですし、もしかしたら、癌も、血流の何らかの変化によって起こるものかもしれません。ガストン・ネサン氏も、“癌とは、全身的な病気が局所化するもの”と云い、通常の医学で云われる“局所的な疾病が全身化するもの”という考え方の正反対の立場をとっています。これは、まさしく、身体中に散らばる血流=こころの凍結による変化と云っても良いのではないでしょうか?

これまた私の大好きな京都のNPO法人気功協会、天野泰司さんの“心がおちつくやさしい気功”をお勧めします。DVDも出ているようですし、天野先生が行う“おてあて法”もとても気持ちの良いものです。


2012年1月17日火曜日

5 経皮毒的側面

食を変えても変わらない皮膚

皮膚と表裏一体である腸。その腸の調子を整えるべく、アトピーは、食事を変えれば治ると云われてきました。確かに、人間の構成要素を象る食の影響は当然なのですが、人間の内臓というものはとても良くできていて、腸に届くまで、また腸に届いてからも、何度も解毒システムを経由し、脳や心臓に届く前の段階で解毒がかかるようになっているのです。一説によると、肝臓やその他の機能が働いてくれるおかげで、毒素の90%は、体外に出されます。ところが、皮膚からの吸収は90%が体内に残り、わずか10%しか体外に放出されないと云うのです。皮膚からの吸収は、途中内臓を経由しないで、直接血液から、全体に回るため、何分もせずに脳や心臓に届きます。身体全体に運ばれるため、血液を通して内臓等で、解毒が最後にかかるのですが、時すでに遅し、大半が身体を駆け巡ってしまうのです。このことを、経皮から吸収する毒、経皮毒と名付け提言している山下玲夜さん女性がいます。薬学博士の稲津教久氏や産婦人科医の池川明先生や、小児科医の真弓定夫先生らと共にその危険性を警告しています。例えば、お産の時に胎児達に交じって子宮内部から発するシャンプーの匂い、シャンプー溶液の中に浮かぶ胎児、大半のシャンプーは石油基材と変わらない成分で出来た油と香りです。植物そのものの油やアロマオイル(花や、木々そのものの香り)ではありません。台所洗剤で口の中をゆすぐようなもので、まるでホルマリン漬けの赤ちゃんです。生理時の血液の匂いに気を付けてください。ローズのアロマオイルは特別で、体内でシッカリ香りが残りますが、通常、自然のアロマオイルの香りは、ほのかな優しい判別できない香りしか体内に残されません。はっきりと香りが確認できる場合は、合成された化学的なシャンプーの香料だということでしょう。アトピーだけでなく、男女共に、ホルモン異常の疾病に至る場合が多くあります。何故なら、ケミカル(化学的)な毒素は、脂肪に溜まりやすく、身体の中のレセプター(受容体)が本来必要なピュアな内分泌と間違えて内分泌撹乱物質を取り込もうとして撹乱を起こすのです。環境ホルモンという名前が内分泌撹乱物質という名前に統一されたされた所以でしょう。

私の場合、皮膚からの経皮吸収は、かなりのダメージであったようです。赤や緑の色のついたシャンプーを物心つかない幼いころから使っていましたし、リンスもしっかりしていました。アトピー最前線の真っただ中でも身体を洗うポンプ式洗浄剤も使っていました。殺虫剤に蚊取り線香、大きな箱の合成洗剤に、色のついた台所洗剤。経皮毒だらけの昭和40年代が私の過ごした幼い日々でした。カネミ油症、水俣病、四日市ぜんそく、公害と云う言葉で、明け暮れていた時代です。川の水も今よりもずーと汚くて、泡だらけで、魚もいません。今の中国のようなものです。

20代の頃の化粧品は、合成化粧品しかなく、高校の卒業式を前にして、学校内に三大化粧品会社がサンプル配りに来ていた時代です。もちろん、石油の合成化粧品しかなく、植物主体のオーガニックコスメなんて選びたくても無いのですから。この30年余りで、随分変わったのです。

食を変えても、顔の皮膚に残る沢山の白いぶつぶつは、取れる気配がありません。皮膚科で、一つ一つ潰してくれるのですが、痛くて痛くて、全部取りきれることは無いと思ってくださいと、皮膚科医に念を押される始末です。その私が、皮膚を洗うせっけんを作り、洗い方を変え、オーガニックコスメに変えると、見る見る白いぶつぶつは、無くなって行ったのです。それと同時に無くなったのは、中学校からずーっと悩んでいた生理痛です。たおれるほどひどく、毎回鎮痛剤を欠かせませんでした。



オーガニックコスメの出現

私は、15年程前から、全く合成化粧品を使用していません。ドイツのオーガニックコスメに出会い、合成化粧品を止め、化学的な色物を止め、見る見る肌がきれいになって行ったのです。それ以来、日本の大手メーカーの化粧品は、使えません。本物のアロマオイルの香りを知り、本物の植物油しか使用していない化粧水やクリームを知ると、もう、元には戻れません。数々のオーガニックコスメを、むさぼるように試し、東京ビックサイトで行われるオーガニックフェアを楽しみにしたのです。

オーガニックコスメのお話はまた別の機会にしたいと思いますが、現在オーガニックを語った偽り商品も沢山出始めています。しっかりとした歴史のある会社で作られた、生産基準が厳しいヨーロッパ等のものは、会社の規模が小さくても、安心ですが、最近作られたばかりのような会社は、気を付けた方が無難です。日本基準で作られた製品は、残念ですが、まだまだ私の肌にはあいません。

しっかりとした信念で、成分の生産から内容まで着手した会社は、選ばれ残って行くでしょう。



合成保存料で覆われた細胞の入れ替わらない身体

 ちょっと怖い話なのですが、私が経皮毒の話をするときには、いつもする話があります。それは、葬祭場での話です。日本人は、誰しもが最後は、焼き場で焼いてもらう事になると思うのですが、この頃の人は、骨が残らずに、肉が残ってしまうと云います。そのため、かなり高温にしないと焼けず、骨がサラサラと残らずに灰になってしまうのだそうです。これでは、お骨拾いが出来ません。どうしてそのような事になるのでしょうか?それは、合成の薬をたくさん飲み、水毒がたまるからと云うのが、その答えなのですが、もう一つ大きな原因があります。それは、合成保存料で覆われた腐らない身体になってしまうという事です。保存料にビタミンCと云う表示を見たことがありませんか?ペットボトルのお茶等の成分表示をご覧ください。どんな食品にもよく使用されます。癌細胞のビタミンC療法と同じで、細胞を合成のビタミンCで覆い、腐らないようにするという行為が、元気な細胞までビタミンC化されて覆われてしまい、細胞の入れ替わりが出来ない状況になっているのです。死んでまでそうなのですから、アトピーの人の皮膚が、ビタミンCで覆われ、新しい皮膚に入れ替われないのも納得できます。果物類のビタミンCは、水溶性ですから、いい具合に入れ替わりますが、合成のビタミンCは、執拗に真皮層等に残るのです。保存料は、合成の化粧品にも入っています。その点、オーガニックコスメは、自然そのものの抗菌作用をもつアロマオイルを、保存料の代わりに使用しますから安心です。

写真は写メ…京都美山町散策…麻緒

2012年1月16日月曜日

4“面倒くさい”の現代人

悠長でありたい

現代人は、なんでも口癖の様に面倒くさいと云います。便利、快適を追求するあまりに物事の本質が段々と見えなくなっているようです。面倒という言葉の影とその意味が持つ背景には、時間の短縮を良しとするところがあります。時間がかかることは面倒、手間がかかることは、時間がかかるので面倒等、

“そんな悠長な事が云っていられる”とは、動作や態度などが落ち着いていて気の長い事を指します。現代では、まるで悪い事の様に使われていますが、時間を気にせず、悠長でいることは、とても本物な生き方で、質の良さすら感じます。本物の生活の向上を考えるのであれば、面倒くさいは、ありません。成し遂げる過程に時間をかけ、思いをかけることが、生きる上に大切になるのではないでしょうか?便利、快適も行き過ぎると、うっすっぺらな偽物になってしまいます。



偽物の生活の向上でせっけんまで嫌われて

汚れを落とす際に使われる固形せっけんが、ポンプ式泡立て液体せっけんや、クリーム洗浄剤に変わっていきます。洗面所や台所には、手や顔を洗うポンプ式の洗浄剤や、食器洗い等の洗浄剤が、プラスチックの容器に納められ、何本も立っています。もともとは、一個のせっけんしかありませんでした。

合成洗剤が普及して、それぞれの用途に合わせて、それぞれの濃さや添加物が入れられ、石油などの揮発性の高い油で、洗浄力はあるだろうけど、明らかに肌に悪いこと位誰でもわかる様な製品が出回っています。処が、直接塗らずに薄めてくださいの記載や、ゴム手袋をはめて等の記載はありますが、実際には原液がジャブジャブ使用されます。台所、住宅用洗浄剤も、顔や手を洗う洗浄剤も、若干の濃さと、香料の違いだけで、内容成分は、主に合成の油、つまり石油を使っているようなものです。私たちは、固形せっけんの面倒くささを強調され、汚れ落ちの良さで客引きをする罠にかかってしまいました。白く輝く塗料と蛍光剤で塗られた服は、香料で香りづけされ、洗った気分で、毒がいっぱい付いたままで皮膚の上に置かれます。

あなたは、ヒリヒリするくらい掻きむしった肌に、石油を塗り込むことが出来ますか?合成洗剤や、クリーム洗浄剤を使っているという事は、そのことと等しいという事です。クリームで汚れを皮下組織に閉じ込められた皮膚は、合成の香りを付けられ、綺麗になった気分と云うだけの行為を洗浄していると勘違いさせられ、結局は、アトピーが治らないという悪循環になってしまいます。



石油と人間のテンポの違い

石油も元々は生物や植物が化石化して出来たものです。元が自然からできたとしても、何億年もかけて堆積されたものを便利だからと云って、ここ何百年で使い果たしてしまってどうするのでしょう。恐らく、石油は我々の日々の暮らしのエネルギーとして存在していません。地球という地盤を構成している中心のもので、簡単に採収して使って良いものではないと思っています。当然のことながら奪いあうものではないと思います。住んでいる場所の足元を掘って地盤沈下させる行為であり、直接人が介入してはいけないところだと神様が教えてくれているからこそ、事が色々と起こるのだと思うのです。戦争もエネルギー問題も自然破壊も、石油が絡んでいることが多すぎます。

アトピーに良いかどうかは、石油と植物油(中には牛脂や馬油)、この違いです。人間の皮膚の作られる時間を遥かに超える石油の歴史。それは次元の違いと云っても良く、それ程の差があるから、人間には合わないのです。振動する領域が違うのです。合うわけがありません。全ての生きるものには、それぞれ固有のテンポがあり、そのテンポに合うものしかお互いが存在しあえません。テンポが違うとどちらかが振り落されてしまいます。人間同士でも気が合う合わないという時は、テンポの違いです。好きな音楽のテンポが違うようなものです。



同じテンポか短いテンポか

合成洗剤とせっけんの違いは、石油と植物油。人間とはテンポが違いすぎる石油が、人間に合うはずがありません。作られる年数が違いすぎます。動、植物が存在している期間と人間が存在している期間は、差がありません。植物の人生の一サイクルは短いですから、人間の一サイクルに合わせることが出来ます。自分よりテンポの短いものは、自分のテンポ(波)に乗せることはできますが、自分よりテンポの長いものには、飲み込まれてしまうのと同じです。石油のテンポに飲み込まれる人間は、当然アトピーになります。つまり腐敗していくしかないのです。

この位簡単な差なのです。見分け方は難しくありません。合成洗剤と書いてあれば、石油、せっけん成分と書いてあれば、石油でない油(通常植物油か牛脂)と云う事になります。

掘れば取れる石油を使い、短い期間で安く製品を作り、お金が欲しいと云う時間に追われ、石油と云うテンポに飲み込まれて、結局不幸な時間を過ごすため、幸せな時間が少なくなって、高い買い物をさせられているのに、誰の為の人生で、誰の為の時間でしょうか?人間として存在できる大切な時間を、お金を生むための労働時間へと回され、時間を売って、望んでいない仕事をして、お金を得ることが本当に必要なのでしょうか?自分の為に、質の向上の為に時間を使いましょう。

もう一度云います。田舎に戻りましょう。田舎は土地もあり、古民家が放置され、人が住んでくれないので寂しそうです。そこに住みましょう。豊かです。とても安く生活できます。なんなら自給自足に近い暮らしに思いっきり変えてみるのも良いかもしれません。毎日の労働が生きていることを実感させてくれます。

どうしても都会で暮らすのなら、アトピーのお子さんには、年代の違う方々とのシェアハウスをお勧めします。皆に意識されて、愛いっぱいで育ちますから良いですよ。気の合う他人同士の付かず離れずのシェアハウス。江戸時代のような下町の生活がまた戻れば良いですね。

衣類の洗剤を合成洗剤から粉せっけんに変えて、身体や顔は、植物油100%の固形せっけんに変える。台所用洗剤も、固形に変えて、重曹とクエン酸(自然素材です)を上手に使えば、ほぼ全ての洗浄剤がいらなくなりこれだけでアトピーが治ったという人も少なくありません。

(各それぞれの洗い方の挿絵)

面倒くさいを見直しましょう。


2012年1月15日日曜日

第二章 アトピーが生まれた背景  3 現代治療の限界

治療法は、ステロイド投与とアレルゲン除去だけ?                                                 

現代の治療は、アトピーだけに限りませんが、患部治し。が殆どです。対処療法であり、根本療法ではありません。これを塗れば治る。これを飲めば治る。つまり、ステロイドを塗るべきか?アレルゲンは何か?の2点が主な観点です。医師たちはこう云います。“もともとステロイドは身体の中で作られるホルモンだから安心だ。”と。何を根拠に断言できるのでしょう?合成のステロイドが作られる前は、牛のステロイドを使っていたそうですが、ホルモンや血液は、表面では似たように見えるモノでも、それぞれに条件が違う人間(個人個人)、動物、合成(化学的な)、各それぞれが同じであるはずがありません。ですから身体のレセプター(受容体)が分子レベルで、似たものを勘違いしてアレルギー反応を起こすのだと思います。アレルギー反応は、内分泌撹乱物質という自然成分に似せたモノが出現したことによる弊害です。身体で作られるはずのステロイドが作れないなら、似たようなモノでそれを補えば良い。ではなく、自分自身で作れるようにするにはどうしたらよいか?そこを考えてほしいと思うのです。

 私は決して、お医者さんに行くなとは申しません。民間療法だけが良いと云うつもりはありません。何事もバランスだと思います。治療を選ぶ本人と家族が、あやふやな気持ちでなく、アトピーと云う状況に真っ向からのぞみ、その根本原因を見つめようとしているか?また、見つめるところは、皮膚がタダレているところではなく、当事者や周り、ことの他、母親(一番身近にいる人)の心や魂なのでは?と問いたいのです。

私がこうしてこれを書くことになったのは、心という、通常、人が触れにくい問題に触れて、風穴をあけてみたいと思ったからです。“何故アトピーになっているのか?”そこからお話ししているのです。どの治療が良くてどの治療が悪いかは二の次なのです。何故なるかという事に風穴を開けることによって問題点が見えてくるのではないでしょうか。問題点という原点が見えることによって必ずアトピーは改善するはずです。それで“痒い痒い”と泣き叫ぶ子供たちが少しでも減ってくれれば、アトピーが治った(正式には共存している)私の神様への恩返しになるのかなと思っています。



免疫を上げてはダメ

一般的に病気になると免疫を上げましょうと云うのが定説。ところが、免疫が上がりすぎて身体が反応するのが、アレルギーの症状です。免疫が上がりすぎるアトピーは、身体の中にIgE抗体と云う武器を作ります。このIgE抗体は、身体にとって有害だと判断した敵と合体して反応します。それが身体の痒みです。身体を丈夫にしようとして、急に免疫を上げる健康食品を取ったり、栄養価の高いものを取りすぎるとかえって痒みが増します。免疫を一気に上げるのではなく、徐々に免疫の器を大きくしなければなりません。粗食でもバランスのある野菜中心の食品を取り、代謝を高める生活をしながら、少しずつ免疫を受け取る身体づくりをすることが肝要です。身体の中に取り入れる事と、代謝して排出する事のバランスが良くなれば、徐々に免疫をアップさせても平気な身体になって行きます。



アトピーの心療内科を…

殆どの病気に言えることなのですが、西洋医学的な対処療法も、東洋医学的な根治療法も何かが抜け落ち、偏っている治療の様な気がしてなりません。病気を全体のバランスで見るように指導した治療が見受けられないと云う事です。全体のバランスというのは、身体、心、魂の三本立てのことを云います。このことを基本とした、医学をホリステック医学と呼んでいます。ホリスティックな観点で早くから活動をされていた、元、九州大学医学部の故 池見酉次郎先生が、日本で最初の“心療内科”を創設。心の歪みが身体的な病気になることを世に知らしめたのは、幼き日の苦労と、その影響化での、ご自身の、過敏性大腸炎という体験からであったと述べられていますが、中医学では、大腸と皮膚は表裏一体。アトピーの原因が、心にあってもおかしくはないでしょう。何故?心や魂の問題に触れないのでしょう?そこに一つの問題点があるように思えます。

沢山のアトピーに関する冊子を拝見しましたが、心や魂に触れている治療法は、ほぼ皆無に等しいのです。心や魂を扱うと医学のコーナーには置いてもらえず、宗教や、精神世界として、別の書棚に置かれることになります。心や魂という見えない領域は、医学として説明出来ないから触らないのでしょうか?池見酉次郎先生亡き後、心療内科的位置づけを、もっと医療関係者に考えて頂きたいと思います。

現在の治療といわれていることは、当事者たちが好奇にさらされて、心を病み、大半のお医者さんたちも含む事業家達の餌食にされているのが、アトピーという世界です。再度云います。治療ではなく、事業家の餌食なのです。それが現状です。